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阿見町の沿革と特徴

[2015年6月10日]

霞ケ浦を始めとする豊かな自然に恵まれた本町は、旧石器時代の遺跡や縄文時代中期の貝塚などが点在し、古代より人の営みがあった地域です。

近代に入り明治22年には、本町の旧村である阿見、朝日、君原、舟島の4村が誕生し、明治時代の後期には、台地部の阿見原において開拓が進められ、次第に豊かな農村地帯に生まれ変わっていきました。

また、大正時代に入ると、阿見原に霞ヶ浦海軍航空隊が設置され、昭和14年には海軍飛行予科練習部(予科練)、翌年に土浦海軍航空隊が設置されるに至り、海軍のまちとして全国的に知られるようになりました。

昭和30年に旧4町村(阿見町、朝日村、君原村、舟島村の一部)が合併し現在の阿見町となりました。
その後、昭和47 年には筑見団地や阿見台団地が完成するなど、次々と住宅団地の開発が進み、昭和55年の福田工業団地を始め、筑波南第一工業団地(香澄の里)、阿見東部工業団地も造成され、現在に至ります。

発展目覚ましい茨城県内にあって、とりわけ急速な発展を遂げた県南地域に位置する本町は、豊かな自然環境のなかにあって職・住と自然が調和した町として発展を続けてきました。

 

本町の特徴としては、昭和23年から立地している学校法人東京医科大学茨城医療センター(旧東京医科大学霞ヶ浦病院)を始め、国立大学法人茨城大学農学部や茨城県立医療大学など、医療や教育に関連する優れた機関の集積があげられます。

また、平成19年には首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の開通に伴い、インターチェンジが2箇所設置されたことにより、交通利便性が一層高まったことで、さらなる発展が期待されています。


県内他市町村と比較した特徴としては、財政力指数や、1人あたりの市町村民所得、製造品出荷額などが上位につけており、経済的に比較的豊かであると言えます。

また、人口あたりの医師数、看護師数も非常に多いことからも、医療環境に恵まれていると言えます。

阿見町が県内の上位に位置する指標

(阿見町第6次総合計画より抜粋)

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